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2冊同時ブックレビュー!「死にがいを求めて生きているの」「ままならないから私とあなた」

一応教育者の端くれとしてご飯を食べているわけなのだが(自分を教育者だなんて思ったことは一度もないのだけれど)、教育とはとても難しいものだと思う。

 

なぜなら答え合わせが“未来”であるからだ。

 

不登校youtuberが正解だったかどうかについて、その人なりの正義で答えを出すことは出来る。

 

だがしかし本当に意味での答え合わせは、彼が大人になったときに彼自身がどうなるかということだろう。

 

だって一応義務教育を経て社会に出ていれば、ある程度のググる能力は身につくだろうし、電卓を扱える力は手に入るだろう。

 

だが、仮にそれすら全くままならない人が社会に出てきたときに、いい方向に社会を回していくのかどうかというのは、今の物差しじゃ判別できないじゃない?

 

時代も変わっていくわけだし。教育すらAI(またはそれに近い何か)に完全に取って代わられる未来がある可能性はゼロじゃない。

 

究極にいうと、考えることすらAIがやってくれる未来があるかもしれない。

 

だから教育は難しい。

 

 

 

 

同様に数年前議論の俎上にあったであろう事柄が「ゆとり教育」であろう。

 

(何を隠そう、今この記事を書いている私こそ、ゆとり教育全盛のときに学生だったのであるから、そもそも議論されていたかどうかすら知る由もないのだが。)

 

そんな所謂“ゆとり世代”を代表する作家が朝井リョウだ。

 

平成生まれの直木賞作家、その言葉がセンセーショナルに報道されたときに、私は「何者」を読んだ。

 

何度も何度も読み返した。

 

映画も見た。有村架純が可愛かった。

 

何者とは語弊を恐れずに言うならば、まさに“平成版人間失格”だったと思う。

 

自意識、道化、エゴサーチ。

 

自分の中にある仮面を一つピリッとめくられたような、そんな本だった。

 

時は流れ、平成もいよいよ終わろうとしていた頃、同作家の本を2冊読んだ。

 

「死にがいを求めて生きているの」「ままならないから私とあなた」

 

「死にがい〜」は特に裏テーマとしての平成が強い。

 

「平成は対立を排除した時代。素晴らしい多様性の影にある地獄」とは本人談。

 

評価されたい、何かに勝ちたい、人間なら誰しも当たり前に持つ感情が特に強い雄介。

 

棒倒し、成績の張り出し、相対評価から絶対評価、雄介のそのような感情の行き場は、ことごとく削られていく。

 

「ナンバーワンよりオンリーワン」の名の下に。

 

そして雄介とキャラが違うにもかかわらず、なぜかずっと一緒にいる智也。

 

この二人の対立を、平成という背景の中で描いている。

 

 

 

そう、朝井さんはとてもうまく対立を描く。

 

それは「ままならない〜」にも言えること。

 

好きなアーティストが同じという薫と雪子。

 

だが二人の価値観はやはり対立する。

 

「好きなアーティストのようにピアノを弾いてみたい」「誰もが有名なピアニストのように弾ける仕組みを作りたい」

 

同じ方向を向いているかのような二つの価値観はやはり対立する。

 

「出来ない事があるから人間らしい」「これまで出来なかった事が出来るようになるってワクワクする」

 

黒板消しが上の方まで消せなかった時に、消してくれた男の子を好きになったこと。

 

先生の書く汚い字。ライブ会場で長時間並んで買ったグッズ。

 

やはり主人公雪子目線で、見てしまうものの、薫の反論に私自身何も返す事ができない。

 

「電子黒板をうまく使えない子に、得意な子が教えてあげたりしてるって聞くよ。」

 

そこで生まれる恋とあなたの言う“人間的な”恋との違いは何なの?と。

 

知らず知らずのうちに染み付いた正しさの思い出補正で、新しい価値観を否定しているのではないか。

 

そんなことを考えさせられる。

 

まさに「昔は暑い中クーラーもないところで勉強していた。」と熱弁する教師のように。

 

 

 

 

そう、きっと答えがないのだ。これらの対立には。

 

だが、答えを求めてもがき苦しむのもまた人間の性。

 

“個性を尊重しろ”、“やりがいのある仕事を”。

 

こんな言葉がやたら飛び交う時代になって久しいが、自分の個性を見つけるためには、やはり他者との比較以外になく、対立の中に自分自身の最適解を見つけるしかなかったのである。

 

「自分は価値のない人間なんだ。」という烙印を「こいつに負けた。」「あいつに負けた。」という自問の中に押し続けなければならなかったのである。

 

ひたすら便利に突き進んでいく世の中で、不登校youtuberは人間らしいのか、そうではないのか。

 

物質的な幸せ(いい車乗るとか、ブランド物集めるとか)が薄れていき、“映えること”が幸せの象徴となりつつある昨今、より進むであろう、“みんな違ってみんないい”の地獄に一つ石を投げかけるような2冊であった。