増える個別FCとその未来(地方の学習塾生き残り戦略)

ご存知の方もおられるかと思うのですが、私は栃木県下野市というところで学習塾を開いております。

 

近隣の学習塾を考えてみますと、大手FC、真ん中個別FC(あぁ、なんか名前聞いたことあるくらいの)、個人塾など雑多にひしめいている所です。

 

*個人塾はちょっと少ないかもしれませんね。私が知っている限り近場では2軒?

 

ここで唐突に一つの画像を。

 

 

全国版で申し訳ないですが、今後予測される高齢化と人口推移を示した図です。

 

どうです?

 

学習塾に携わる人で、この現状をどれだけの人がきちんと認識しているのかと思います。

 

なんとなく「子ども減っていくよね〜(俺んとこは大丈夫やろ)。」

 

と思っている方が多いのではないかと感じるのです。

 

(じゃなきゃこんな数年おきに新規の個別できたりしなくないですか?)

 

 

 

 

都心はまだいいです。人口の流入もあるし、長期で見ると危ないけど、まだこれから子どもが大幅に減ることはないんでしょ?(知らんけど)

 

問題は圧倒的に地方ですよ。

 

 

 

 

 

地方の中でも格差が生まれてきている現状です。

 

私が生まれ育ったところは、もう子どもいる家が集落に1軒とかです。1人バスに乗って学校へ向かうそう(学校が遠いので)。

 

まだ塾をやっている地域は宇都宮線の沿線でもあり、地方とは言えど、活気があります。

 

ですが、個別にはそれとは違った問題があるでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

「講師の確保」

 

 

 

 

 

 

 

 

これですよ。もうすでに起こり始めていますが、当たり前に労働人口が激減していくわけです。

 

講師ですら少子化の時勢に生まれているわけです。

 

身をもって体感しているから分かるのですが、講師が集まらない。しかも、基本大学生とかだと思うので、主婦の講師とかを集めない限り、数年で辞めていくわけじゃないですか。

 

20人生徒集めるためには講師を10人集めなくちゃならない個別は、相当しんどいと思いますよ。

 

 

 

 

 

 

その対策を私は自立学習という活路に見出しました。

 

うちもアルバイト講師はおりますが、少数精鋭でやっている次第であります。

 

あ、「講師の数足りなくなったら、1対5にする」とか、「映像にする」とか「自立にする」は気をつけたほうがいいですよ?

 

やってて分かる、自立学習の難しさ。

 

生徒は増えてますけど、先生足りないので、自立でやらせます!

 

 

人件費も減ってラッキー!みたいな発想は長期スパンで必ず地獄を見ると思います。

 

 

 

 

 

 

 

塾長が全員を見ることが出来るならまだしも、アルバイトに投げてしまうようでは確実に破綻するでしょうね。

 

それで潰れてしまった塾も知ってますし。

 

ましてやその大幅な改革が、フランチャイズの立場で出来るのかというところもあります。

 

「1対5」も、「映像」も、「自立学習」も、スタイルでしかありません。

 

個別が出来なくなったときの急造でやるならば、それ相応の苦しみも、生徒を失う覚悟も必要なのではないかと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

偉そうに語ってきましたが、私も先のことを見越してすべて動いているわけでもなく、ただただ自戒もこめて、自分自身常に研究を重ね、情報を得て、自塾の発展に専心しなければと考えているからこその発信でございます。

 

こんな偉そうに喋っておきながら、「個別はますますの隆盛を迎え、私はその波に生徒もろとも呑み込まれてしまいましたー!」じゃ恥ずかしいじゃないですか。笑

 

いや、てか笑えないよ。

 

 

 

 

 

 

 

地方で塾が生き残るカギは、塾長自身の他塾とは違う、差別化、ブランディングにあると考えています。

 

また、その話はいずれ。

自習あるある早く言いたい

こんにちは。

 

まずは近況報告!

 

塾が中3に続き、中2も定員になりました!

 

満員の中3、中2そして中1のメンバーで現在定期テストの勉強をしているところであります。

 

ホント学年全員集めるので、めっちゃしんどいですよ(笑)

 

でもこの期間の“熱”こそ、うちの塾ならではのものだなって思います。

 

ちなみに自塾、自習という形にはしておりません!

 

なぜなら、自習だと「来なくてもいい子が来て、来て欲しい子が来ない。」

 

これは多分、塾をやっている人なら一度は通るあるあるなのではないでしょうか。

 

加えて僕の場合は、「勉強ごっこをやっているときに、注意をするのがはばかられる。」

 

ということが挙げられます。

 

 

 

 

 

例えば塾に来て、教科書調べてワーク埋めてるとか、丸つけも赤字で書いて終わりとか。

 

でも、自習であればあまり声掛けないのが通例かなと。まぁ、自分の場合は言っちゃいますけど。

 

家の人に言われて、時間つぶしのように自習に来る。

 

「とりあえず勉強した事実」みたいなのが欲しいから、とりあえず塾に来る。事なかれな勉強をする。

 

机に座って“やった感”はあるから、「あぁ、頑張った〜。。。」なんつって友達とだべりながら帰る。

 

 

 

 

 

これが嫌なので、自習という形を取っていないのです。

 

授業という形で、事なかれ勉強にはバンバン文句言って、勉強に修正を加えていく。

 

「あいつ自習来るっていったから、準備してたのに来ないよ〜。」

 

なんてことを以前の塾でストレスにしたりとかしましたし。

 

授業であれば、家に連絡なり出来ますが、自習であれば、なかなかそのような動きは出来にくいのではないでしょうか(そういうことやってる塾も知ってはおりますが)。

 

 

 

 

 

 

今日もフルメンバーの智心館生。

 

中1、中2は中3の背中を見て、中3は残り120日をきった受験に向かって、今日のやるべきことを自分の力で上りきっていこうぜ!

 

 

 

 

 

【お知らせ】

 

塾長が所属するバンド、サンメリーダがYoutubeにて、動画投稿始めました!

 

 

 

仲良しのユーチューバー集団、君に幸あれTVと「風吹けば」という楽曲の製作過程をアップしております。

 

是非視聴やコメント、チャンネル登録していただけると嬉しいです!

アンディとロックとベンガルトラとウィスキーと俺

皆さんは“青春の終わり”を感じた事があるだろうか?

 

 

 

2014年の夏、私はsweet love showerというフェスにいた。

 

ロックバンドandymoriのラストライブ(になるはずだった)を観るためである。

 

*“なるはずだった”というのは、ファンならご存知かと思うのだが、解散ライブの日にボーカルが「もう一回ライブやろう!」と言い、結果的に武道館ライブをやってから解散という運びになったからだ。

 

 

 

 

終演後、真っ赤に目を腫らしながら、冒頭のように「あぁ、青春って終わっちゃうんだなぁ。」なんて、セカオザみたいなことを呟いたものである。

 

邦楽のロックであれば、The Blue Heartsの影響を言ってはばからない私であるが(もちろん他にも好きなのたくさんあるけど)、andymoriも同じ系統にあると思っている。

 

事実、そんな本人たちのインタビューも存在する。

 

ちなみにスピッツもブルーハーツの影響を受けているのは有名な話ですよね。

 

3者ともに言えるのはやはり、言葉のチカラ。

 

パンクであり、フォークであり、文学であり、つまりは“思想”であるということだ。

 

コンプレックスや怒りを力に変えろ。ユニークであれ。

 

セックスピストルズもオアシスもグリーンデイも、はたまたボブディランやザフーも。多くの先達が同様のメッセージを投げかけた。

 

そんな彼らの足跡の前に、andymoriも、もちろん僕もいると思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、どうして僕にとってandymoriが特別だったのか。

 

もちろん年が近いというのもある(7つ上かな?)。

 

しかしながら、何よりも自分に刺さったことを言語化しよう。

 

それは、“諦め”だ。

 

彼らの曲の中には、抗いようのない、どうしようもない現実っていうのが確かにあって、それに対する諦めがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らの楽曲に“16”という曲がある。

 

そこにこんな一節がある。

 

「どこにもいけない彼女たち

 

駅の改札を出たり入ったり

 

変われない明日を許しながら

 

なんとなく嘘をつくのさ」

 

 

 

 

 

また、“1984”という曲ではこう歌う。

 

「5限が終わるのを待ってたわけもわからないまま

 

椅子取りゲームへの手続きはまるで永遠のようなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

1991年、私は生まれた。

 

バブルもとっくに弾け、いつだったか忘れたが、ある日を境に土曜日の学校がなくなった。

 

いわゆる「ゆとり」の中を生きてきた。

 

では、ゆとり教育の中で自主性がはぐくまれ、脱詰め込みからの自由を謳歌できたかというと、それは否である。

 

形骸化した自分らしさの脅迫の中で、昭和的な価値観から脱却できもせず、結局は「ゆとり」と馬鹿にされたまま、教わってないからやっぱり結局バカのままで(こういう仕事し始めてから、勉強しなおしたことは枚挙に暇がない)、青春時代をすごしてきた。

 

 

 

 

 

 

そんな中、性急なビートに乗って、まくしたてるように歌うバンドに出会った。

 

それがandymoriだった。

 

意味がないようでいて、実は精巧に作られた言葉。スリーピースということもあるだろう、やたらと動くベースライン。暴れん坊のドラム。どれをとっても奇跡としかいいようがなかった。

 

そして、前述の通り、歌詞の端々に出てくる諦めは、パンクであるにもかかわらず、どこかやさしい響きで僕の耳に飛び込んできたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

過去の話ばかりでごめんなさい。

 

今、初期andymori3人は、長沢知之というシンガーソングライターを加えたメンバーで、ALというバンドをやっています。

 

https://www.youtube.com/watch?v=X9vkisNS_yQ

 

そう、物語は続いているのだ!

 

より大人になった4人が奏でるサウンドも円熟味を増して、最高ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、何を隠そう、昨日はボーカル小山田壮平さんのソロライブに行ってきました。

 

いや〜懐かしくなっちゃってね。だからこんな自分語りなブログを書いている次第でAL。

 

everything is my guitarのカウントで泣けた(笑)

 

ソロでやっている曲もまた良し。音源化されてないのばかりだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンコールの最後は「sunrise&sunset」って曲で終わった。

 

その曲こそ、今日のブログ内容に相応しい。

 

 

 

 

 

sunrise&sunset 嘘つきは死なない

sunrise&sunset 争いはやまない

sunrise&sunset 欲しいものは尽きない

sunrise&sunset 悲しみは消えない

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=P9ywrHzyXdU

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな明るい曲調で歌われる世界の本質は、あの頃から何も変わらないけれど、僕はちょっぴり大人になって、そんな世界と折り合いをつけて生きていく術を身につけてしまったみたいです。

 

これも一種の青春の終わりでしょうか。

 

では、またね。

募集の主軸をインターネッツに

塾ブログを頻繁に更新するようになったのが今年の4月。

 

言うまでもなく、塾ブログフェスの影響で。

 

 

 

 

先日ツイッターではちょこっと話したけど、苦節5ヶ月、初めて「ブログを読んで」という問い合わせがありました!(パチパチ)

 

いや、普通にすごいことですよね!

 

ワシ地方よ?田舎の民よ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日で自信が確信に変わりました!」

*平成の名シーン

 

 

 

チラシ主体の募集は、どうしても数の力が大きくものを言います。

 

もちろんチラシの中身を良くすれば、見てくれる人は増えるでしょう。しかしながら、同じチラシを何回も何回も、何週にもわたってまく大手塾を見て、

 

「これ、同じ土俵で戦っていていいのかな?」

 

とずっと思っておりました。

 

 

 

 

 

幸い、それまでも個人ブログやツイッターなど、ネット媒体での発信はずっと行ってきていたのですが、

 

募集の主軸をインターネットに移す

 

 

という壮大な計画を立てて、夏場大コケして(大事な大事な夏期講習前、問い合わせゼロ笑)、やっと若干実を結んだかなというのがこの9月でした。

 

 

 

 

あ、でも今年中3が、春先の段階で定員埋まってたからこそ挑戦できたことです。

 

地方民は“俺にも出来るかも”とか思わないように!笑

 

痛い目見るぜ!笑

 

 

 

 

なんてったって一時期は、「秋ポスティング回らないといけないな。」とか思ってたからね!

 

別にポスティング嫌いなわけじゃないけど、同じ時間ブログ書いて集客できてるなら、絶対にそっちの方がコスパいいわけで。

 

 

 

 

さらに、ブログの記事は、“スーパーのチラシと一緒にゴミ箱行き”なんてことはなくて、ずっと残るものだから。

 

お母さん、お父さんが見たいときに見られるじゃん。

 

 

 

 

でもって、俺ら世代が中学生の親になる頃には、確実にみんな新聞なんて取ってないし(笑)

 

塾考えるときに1000%ネットで調べるし。

 

 

 

 

 

 

って考えると今後生き残るには、やるべきことが少しだけ見えてきますよね。

 

インターネッツは使い方を工夫すれば、持たざる者に最も味方する武器です。お金も地位も必要ありません。

 

情報収集と行動こそが命です。

 

 

 

 

 

 

 

保護者「塾長、弾き語りとか、なんか活動されてるみたいですね。」

 

悪目立ちを拡散しているのも、またインターネッツなのでした。

 

ちゃんちゃん。

 

ライブをした

宇都宮の某ライブハウス、8月18日のそこには、アイドルとエモバンドに囲まれてライブする私の姿がっっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は人前に出るのが苦手だ。

 

そんなことを思い出した。

 

 

 

 

中学生の休み時間、高校生の文化祭。

 

いつもクラスの中心にいる人たちを目の前にして、仲の良い友達と数人で、内輪でこそこそやっているのが好きだった。

 

 

 

 

もう一ヶ月も経ってしまったのだが、8月18日にライブをした。しかも弾き語りで。

 

しかも、前日には宇都宮駅の路上で弾き語りもやったもんだから、なかなかアクティブな夏休みを送ったものである。

 

 

 

路上で、ライブハウスで、人前に出たとき、前述のことを思い出した。

 

緊張する。笑えない。

 

*基本写真は一枚も笑顔がない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、塾を作るときにも集団塾はやりたくなかった。

 

もちろん独立までにいた塾が自立型だったことも理由の一つではあるが、口下手だし、冗長だし、人を惹きつける力がないと思ったから。

 

それよりかは生徒の成長を後ろから支えるような、「え?出来ないの?じゃ俺、手伝うよ。」なスタンスが良かった。

 

自分が自立塾をやっている背景には、このようなネガティブなものもある。

 

 

 

 

 

 

 

結果、ほどほどに上手くいっているので、自分自身の出来ないこと、不得手なことを見つめる目というのは、結構大事なものである。

 

 

 

 

 

 

 

5教科すべて平均的に教えられるようになったことも功を奏した。

 

文系の自分が誰も理系を教えてくれる環境にいなかったこと。

 

生徒から質問を受け、自分で解けず、歯がゆい思いをしたこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意図しないところでガラパゴス的に成長してきた自分であったけれど、それが強みにもなっているのだから、人生とは不可思議なものです。

 

 

 

 

そう、要するに分からないのである。

 

自分自身のこれからも、なぜステージの上に立っているのかも。笑

 

 

 

 

 

 

 

「自分の得意なことをやれ。」「自分の好きなことを磨こう。」

 

やりがい地獄の中にいる私たちは、こんな言説をよく耳にする。

 

しかしながら、自分より教え方の上手い人なんぞ世の中に星の数ほどいるし、そもそも別に「子どもたちに教える事がすき!」と大手を振って人に言えるわけでもない私のような人間は、まさに路傍の花、綺麗かどうかも分からない花を咲かせるために、荒れた辺境の大地に根を生やさないといけないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いてください、「路傍の花言葉!」

 

 

 

 

 

 

 

 

......いや、違う(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

でも結果、楽しかったことだけは確かだ。

 

自分にとって得意じゃないことでも、何か取り組んでみたら意外とプラスになって返ってくるってのも感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、なんかフラッと出る感じなら別として、弾き語りで自分からガチガチに決めてやるライブは、もうしばらくいいかなってのも、多少なりとも感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ですが、前述の通り、基本やりたいことをやりたいようにやるをモットーに、日々生活しておりますので、先々のことはあまり考えていないのも確か。

 

 

 

 

ツイッターなどでは発信していますが、サンメリーダはゆるーく活動休止中で、Youtuberとして活動中の友達と現在プロジェクトを進行中でございます。

 

 

 

 

そちらもしっかりと形にしていきたいなと思うところです。

 

 

 

 

 

では、今日も塾がんばってきます!

2冊同時ブックレビュー!「死にがいを求めて生きているの」「ままならないから私とあなた」

一応教育者の端くれとしてご飯を食べているわけなのだが(自分を教育者だなんて思ったことは一度もないのだけれど)、教育とはとても難しいものだと思う。

 

なぜなら答え合わせが“未来”であるからだ。

 

不登校youtuberが正解だったかどうかについて、その人なりの正義で答えを出すことは出来る。

 

だがしかし本当に意味での答え合わせは、彼が大人になったときに彼自身がどうなるかということだろう。

 

だって一応義務教育を経て社会に出ていれば、ある程度のググる能力は身につくだろうし、電卓を扱える力は手に入るだろう。

 

だが、仮にそれすら全くままならない人が社会に出てきたときに、いい方向に社会を回していくのかどうかというのは、今の物差しじゃ判別できないじゃない?

 

時代も変わっていくわけだし。教育すらAI(またはそれに近い何か)に完全に取って代わられる未来がある可能性はゼロじゃない。

 

究極にいうと、考えることすらAIがやってくれる未来があるかもしれない。

 

だから教育は難しい。

 

 

 

 

同様に数年前議論の俎上にあったであろう事柄が「ゆとり教育」であろう。

 

(何を隠そう、今この記事を書いている私こそ、ゆとり教育全盛のときに学生だったのであるから、そもそも議論されていたかどうかすら知る由もないのだが。)

 

そんな所謂“ゆとり世代”を代表する作家が朝井リョウだ。

 

平成生まれの直木賞作家、その言葉がセンセーショナルに報道されたときに、私は「何者」を読んだ。

 

何度も何度も読み返した。

 

映画も見た。有村架純が可愛かった。

 

何者とは語弊を恐れずに言うならば、まさに“平成版人間失格”だったと思う。

 

自意識、道化、エゴサーチ。

 

自分の中にある仮面を一つピリッとめくられたような、そんな本だった。

 

時は流れ、平成もいよいよ終わろうとしていた頃、同作家の本を2冊読んだ。

 

「死にがいを求めて生きているの」「ままならないから私とあなた」

 

「死にがい〜」は特に裏テーマとしての平成が強い。

 

「平成は対立を排除した時代。素晴らしい多様性の影にある地獄」とは本人談。

 

評価されたい、何かに勝ちたい、人間なら誰しも当たり前に持つ感情が特に強い雄介。

 

棒倒し、成績の張り出し、相対評価から絶対評価、雄介のそのような感情の行き場は、ことごとく削られていく。

 

「ナンバーワンよりオンリーワン」の名の下に。

 

そして雄介とキャラが違うにもかかわらず、なぜかずっと一緒にいる智也。

 

この二人の対立を、平成という背景の中で描いている。

 

 

 

そう、朝井さんはとてもうまく対立を描く。

 

それは「ままならない〜」にも言えること。

 

好きなアーティストが同じという薫と雪子。

 

だが二人の価値観はやはり対立する。

 

「好きなアーティストのようにピアノを弾いてみたい」「誰もが有名なピアニストのように弾ける仕組みを作りたい」

 

同じ方向を向いているかのような二つの価値観はやはり対立する。

 

「出来ない事があるから人間らしい」「これまで出来なかった事が出来るようになるってワクワクする」

 

黒板消しが上の方まで消せなかった時に、消してくれた男の子を好きになったこと。

 

先生の書く汚い字。ライブ会場で長時間並んで買ったグッズ。

 

やはり主人公雪子目線で、見てしまうものの、薫の反論に私自身何も返す事ができない。

 

「電子黒板をうまく使えない子に、得意な子が教えてあげたりしてるって聞くよ。」

 

そこで生まれる恋とあなたの言う“人間的な”恋との違いは何なの?と。

 

知らず知らずのうちに染み付いた正しさの思い出補正で、新しい価値観を否定しているのではないか。

 

そんなことを考えさせられる。

 

まさに「昔は暑い中クーラーもないところで勉強していた。」と熱弁する教師のように。

 

 

 

 

そう、きっと答えがないのだ。これらの対立には。

 

だが、答えを求めてもがき苦しむのもまた人間の性。

 

“個性を尊重しろ”、“やりがいのある仕事を”。

 

こんな言葉がやたら飛び交う時代になって久しいが、自分の個性を見つけるためには、やはり他者との比較以外になく、対立の中に自分自身の最適解を見つけるしかなかったのである。

 

「自分は価値のない人間なんだ。」という烙印を「こいつに負けた。」「あいつに負けた。」という自問の中に押し続けなければならなかったのである。

 

ひたすら便利に突き進んでいく世の中で、不登校youtuberは人間らしいのか、そうではないのか。

 

物質的な幸せ(いい車乗るとか、ブランド物集めるとか)が薄れていき、“映えること”が幸せの象徴となりつつある昨今、より進むであろう、“みんな違ってみんないい”の地獄に一つ石を投げかけるような2冊であった。

 

 

 

 

 

人生初のブックレビュー!「ミライの授業」は令和を生きるみんなに読んで欲しい本

前回の更新からほぼ1ヶ月。

 

コアな私のファンは塾ブログも見ていることと思うので(笑)、この1ヶ月間私が何をしていたのかを大体知ってていると思うのだが、塾を生業としている私にとって、考えることのほとんどはやはり塾のことであり、塾ブログの更新が増えれば自動的に個人ブログなど更新しなくなることは火を見るよりも明らかだったのである。

 

そして、久しぶりにヌルッと帰ってきたところ、若干名でも毎日アクセスがあり、「これは書かねば!」という謎の使命感に駆られ、文体だけ変えてまたカムバックしてきたというわけである。

 

本日はこの慣れない文体で人生初のブックレビューを行う。

 

 

 

 

塾生に向けては去年の夏、「夏休みの読書感想文、塾長のおススメ本」として紹介した、「ミライの授業」という本を改めて読み直した。

 

 

いやーいい本に出会った。

 

この本はエンジェル投資家として活動しながら、京都大学で教鞭をとる瀧本哲史さんによって書かれた本。

 

同著者の「僕は君たちに武器を配りたい」などは私自身、ビジネス書や教養のための書として読んではいたが、14歳の中学生に向けて書かれた本という見出しに惹かれて発売してすぐ、購入した。

 

 

 

 

 

今、我々は時代や価値観というものがいとも簡単に書き変わるということを目の当たりにしている。

 

MDで音楽を聴き、出始めのアンダーアーマーをブカブカに着ていた中学生時代(もやしっ子野球部)、

 

「いいかい?高卒と大卒の生涯年収はこれくらい違うんだぞ?いい大学に行って、いい会社に入って骨を埋めるのだ!」

 

先生がグラフを用いて声高に叫んでいた。

 

「へー!先生、僕もいい大学入れるようにいっぱい勉強する!」

 

とはそんなにならなかったものの(笑)、その先生の言葉は未だに強く残っている。

 

今やどうだろうか?

 

MDはiPodに、そしてスマホに取って代わられ、終身雇用はもう維持できないとか言われるではないか。

 

果てはこの先10年〜20年の間に、働く人の半分がロボットに仕事を奪われるという。

 

平成から令和へ、新たなるパラダイムシフトは様々な分野で起こりうることだろう。

 

そんな現在、そして“ミライ”の話からこの本は始まる。

 

メイドインジャパンからメイドイン世界へとなった現在、そしてそもそも人間さえ必要なくなってくる人工知能の未来。

 

そんな未来を“不幸”とみるのか、“希望”とみるのか。

 

その答えのヒントをこの本は「歴史」に求める。

 

 

 

 

●ガイダンス〜君たちはなぜ学ぶのか?

 

塾の先生を長年やっていると「あーはいはい、出ました出ました!」という質問がある。

 

それは、「方程式って勉強する意味ありますか?」

「英語使わないのになんで勉強するんですか?」

「学校で勉強したことって社会に出て役に立つんですか?」

 

塾の先生や学校の先生ならあるあるなのではないだろうか。

 

私の前でこれらの質問をすると、理路整然となんで勉強するのかを話しするが、「すべこべ言わず勉強やれー!!!!!」ってなる親御さんだったり、大人は多いのではないか?

 

さすがは14歳に向けた本。まずはこの皆が考える、ある意味本質とも言うべき問題から向き合う。

 

そこで例として筆者が挙げる人物が、ニュートンとフランシス・ベーコンである。

 

この本の特徴として特筆すべきところが、「未来を作る5つの法則」として“未来の作り方”を提唱するのだが、すべての法則に過去の人物の伝記を取り上げている。

 

伝記ものが好きな小学生、中学生は漫画ではないものの、特に楽しく読めると思う。

 

上記二人の話から、学校は“魔法の基礎”を学ぶ場所と筆者は言う。

 

 

 

 

1時限目:世界を変える旅は「?」からはじまる

 

(?の部分は実際に本を読んで、確かめてください!)

 

さっそく1時限目から“課題解決から課題発見”の時代へというテーマで始まる。

 

ここで出てくるヘンリーフォードの話が好き。

 

与えられた課題をガンガンこなす人が日本人だった時代、それがアジアやアフリカでも出来るようになった現代、そしてそれがロボットになる未来。

 

ヘンリーフォードはこう言ったそうだ。「もしも人々になにがほしいか尋ねたら、彼らは『もっと速い馬がほしい』と答えていただろう」と。

 

人間は馬車を使うのが当たり前だったことを疑い、全く別の道を探っていったフォード。

 

ここに筆者は“課題発見”の未来を見る。

 

この章では他にコペルニクス、ナイチンゲール、森鴎外と高木兼寛の話が出てくる(この二人の物語も非常に面白い)。

 

 

 

 

2時限目:冒険には「?」が必要だ

 

この章では大村智さん、ビルゲイツ、そしてエジソンの話が出てくる。

 

普通エジソンが出てきたら、あのエジソンだから、99パーセントの努力とかとりあえずいい話が来ると思うでしょ?

 

いやいや、そうじゃない。エジソンの“ちょっとした失敗”にフォーカスを当てています。

 

 

 

 

3時限目:1行の「?」が世界を変える

 

読み進めていって思ったことだったが、この本の扱っている人物は女性が多い。

 

女性は歴史上、自由を制限される事が多かった。

 

そして20世紀以降の男女平等、自由で自立した女性像というのは、理想とする社会を描くことを夢見た、まぎれもない女性自身によって勝ち取られてきた事が述べられる。

 

この章ではベアテ・シロタ・ゴードン、ココ・シャネルの話が出てくる。

 

恥ずかしながらベアテ・シロタ・ゴードン、勉強不足で知りませんでした。

 

この本を読んで自伝買いましたよ。

 

14歳に向けて語られているのはもちろん、大人が読んでも十分楽しめるのである。

 

 

 

4時限目:すべての冒険には「?」がいる

 

先ほど大人が読んでも十分楽しめると言ったが、むしろこの章は大人が読むべき話が多い。

 

50歳にして学問の道を志した伊能忠敬、先進国初の女性宰相となったマーガレットサッチャー。

 

未来を作る主人公は、一人ではなく、チームで動いたというお話。

 

 

 

5時限目:ミライは「?」の向こうにある

 

ここでは、J.K.ローリングと緒方貞子さんの話。

 

やはり女性。

 

 

 

 

まとめ

 

古くさい大人になってしまった僕は、生徒たちに何を伝えられるだろう。

 

塾に通ってくれている生徒しか見ていないので、世代論として一くくりには出来ないと思うが、未来に夢を見ることのできない小中学生は多いように感じる。

 

確かに万人に向けて「夢を見ろ!」なんていうのは横暴だし、夢を見ることの出来ない小中学生は私たち大人の写し鏡のような気もする。

 

まだまだ長い人生を生きる同士として、共に未来を作っていかなければなるまいし、生徒に話すときは、思い込みや私の世代の常識に縛られて、未来を狭めるようなことはしてはならないなと戒める。

 

 

 

 

最後に本の中に出てくる言葉で今日のブログを締める。

 

世界最大のオンライン決済システム「ペイパル」の共同創業者であり、投資家でもあるピーター・ティールの言葉。彼は採用面接をするとき、必ずこの質問をするという。

 

「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」

 

 

 

 

是非、これから個々人が考えるべき大きな命題として、学生はこの本を読み、“自分で考えて”みて欲しい。

 

講師募集の実験とその後

前回のブログで申し上げたように、智心館の講師募集をSNSで行っておりました。

 

結果、一人ご応募いただきまして、昨日から正式に講師として迎え入れております。

 

智心館の講師は3人体制となりました。パチパチ!

 

新しい先生、若い!

 

元々わずかばかりであった塾長の人気が、完全に奪われてしまうのではないかと危惧している今日この頃です。

 

 

 

 

 

募集をやり始める前は「やべーツイートがバズって、めっちゃ応募来たらどうしよ!」なんて考えておりましたが、何てことございません。本日も平和です。

 

とはいえ、一人来たのは立派な実績ですからね!藤原先生にもお褒め頂いたから!

 

 

 

 

 

 

講師を募集する前に少し悩んでいた事があります。

 

 

 

生徒の実情などを鑑みた結果、ある映像授業(のようなもの)を導入しようか悩んでおりました。

 

それもそれでかなり内容いいので、悪く言いたいわけではないのですが、ちょっと値段と生徒数にうまくハマんなかったなという気がしていました。

 

そんな時に今回の募集を行ったのですが、まだ一回しか授業見てないものの、募集してよかったなと思ったのです。

 

人とシステムは同時に得る事ができる点で、本来対立はしませんが、人(先生)への投資はシステムへの投資に勝ると思っています。

 

「全生徒私が責任持って見る」は軸としてブラす気ないですが、先生の多様性は塾としての懐の深さになります。時には私がヒールになることも出来ますし。

 

結果、システムの導入は先延ばしにして、先生を増やした結果、どんな感じになるかを見てみることにいたしました。

 

 

 

 

 

 

 

新しい講師に言ったこと

 

 

講師を迎えるにあたって必ず言う事があります。それは「自分の色を出して欲しい。」ということ。

 

こう教えて欲しいなんてマニュアルもありませんし、実際に生徒にどう響くかは経験によるものが大きいと私は思っています。

 

現に私もそうでした。

 

こう教えなさいなど教わったことは何もなく、生徒に教えている中でつかんでいったものばかりです。

 

だから出来るだけ生徒と接して欲しいし、私の足りない部分があれば「こうしましょ」とかも言ってきてほしいんです。

 

あまり私がいるからと殻に篭ることもしなくていいし、必要だと思ったら自分から動いて欲しいし。

 

それが講師を招いて一緒に働く意味だと思っていますからね。

 

もちろんそこに発生してくる責任は私が持ちますが。

 

 

 

 

 

 

 

塾の未来

 

 

 

なんだかこれから雇用とか採用に関しても、色々世間の流れが変わりそうな感じありますよね。

 

終身雇用の件もありますし。

 

私は将来、会社を作りたいとか野望があるわけではないのですが、塾は大きくしていきたいと考えているので、どこかで正社員などを雇う場面が出てくるかもしれません。

 

そんな時には“バンド”っぽくしていきたい。

 

どういうことか?

 

各部門ごとにプロフェッショナルを置いて、結果全体で上がっていくみたいな感じです。

 

上司と部下みたいな関係性ではなく、これはあの人強いからあの人にやってもらう、こっちは自分が得意だからやる。みたいな関係性。

 

同じ分校を作るのではなく(それもいいけど)、その人の専門性を売りにする塾を作りたい。

 

英語塾智心館もいいかもしれないし。

 

個人的にはまず高等部を作りたいんですけどね!

 

 

 

 

 

そして誰もが対等な関係性で、会社に雇われているというよりかはむしろ会社を利用して自分のスキルを発揮させている。

 

そんな世の中になってくる気がするし、それこそブラック問題などとは縁遠い気がするんだよな。

 

 

 

 

 

ただ、実力主義が想像以上に強くなるとちょっと怖いけどね。

 

失敗を受け入れる事が出来る余裕が会社、さらには社会にはあってほしいですから。

 

 

 

 

 

さて、本日テスト期間、塾でもテスト勉強しっかりやってもらいます!

 

来週は一時間あたりの最高生徒数を更新する予定なので、それも楽しみだな!

SNSで講師募集(に関する私の思い)

昨日SNSで講師募集をする旨、公表させていただきました。

 

どこもかしこも人不足、ましてや塾なんて誰でも出来る仕事じゃないですから(と私は思う)、業界の労働力不足は常態化しています。

 

今いる講師(2人)も最初に来てくれた子はもうすぐ2年になり、卒業こそまだ先なものの、“その次の代”を見越して何か動かないといけないんじゃないかと思い始めました。

 

 

 

 

 

早くから動くことの利点は余裕を持てることです。

 

せっかくなら何か面白い募集がしたいなと思い、「SNSでやってみるか!」と思い立ちました。

 

そもそも栃木ですから、募集が来るかどうかも分かりません。

 

完全に実験です(笑)

 

まぁ、ダメもと。その時は他の募集方法にします!

 

 

 

 

募集要件は、

 

●時給1200円(昇給アリ)

 

●交通費は距離によって相談に応じます。

 

●週1回からOK!(最初は慣れるまで週2回くらいは来て欲しいですけど!)

 

●ダブルワークも可!

 

●勤務内容は、丸つけや解説、生徒の質問、その他私の授業のサポートをお願いしたいと思います。

 

 

 

せっかくSNSで募集するのですから、応募される方のツイートの中身も一つ、審査の対象とさせていただこうと思います!

 

募集人数は1名のみです。

 

 

 

 

 

明るく、楽しく、戦う現場です。

 

人生観や勉強観なども(大それたものを望んでいるわけではないですよ)、生徒と共有できるような先生がいいですね!

 

 

 

 

 

応募の際は、ツイッターでも、インスタグラムでもどちらでもいいので、DM頂ければ対応いたします。

 

 

 

 

 

人生変える出会いをお待ちしております。

 

 

 

 

 

ししなご進学塾に行ってきた 5月2w #2

前回に引き続き、宮城県のししなご進学塾を見学してきたお話を。

 

お待たせしました!インタビューの書き起こしです!

 

 

智心館谷畑(以下智):よろしくお願いします!

 

ししなご進学塾岡田先生(以下し):お願いします!こういうのは書き起こしの文章力で決まるから、ざっくばらんに話しますね。

 

智:......(プレッシャー。。苦笑)

 

 

 

智:まずはじめに、新しい塾に移転されての生徒の反応はいかがですか?

 

し:最初は前の方が良かったとか言われたこともありました。最初から完全に出来上がっていなかったというのも、それを助長したかもしれません。

 

でも、少しずつこういう塾にしようと思っているというビジョンを伝えたり、実際に変わっていく塾の様子を見ていたりすると、子どもたちもワクワクしているようです。

 

智:塾も生徒も同時に育っていく。そんな塾素敵じゃないですか!

 

 

 

 

智:そもそもDIYってどこかで勉強したりとかしたんですか?

 

し:いえ、独学です。

 

色々なホームページを見たり、あとは技術に関しては内装屋さんに聞いたりしながら作っていっています。

 

智:ホントおしゃれなんだよなぁ。うちの塾のカッティングシートとか、完全に先生の丸パクリですからね(笑)

 

 

し:どんどんパクってください(笑)

 

 

智:突然話を変えてしまって申し訳ないんですけど、今の悩みって何かありますか?

 

し:悩みかぁ......(困惑)

 

塾に24時間いれるわけではないので、時間の使い方ですかね。

 

あと、怠惰との終わりのない戦い。勉強やらなくちゃいけないのに、やれない生徒の気持ちよーく分かるんですよ。

 

智:僕もよく分かります。だから塾には出来るだけ仕事以外の要素は置かないで、無理やり家出て、仕事します。

 

 

 

誰に仕事しろと言われるでもない、個人事業主永遠の課題かもしれないですね!

 

 

 

智:宮城の塾事情というのはどうなんですか?強い塾はどんな感じなんですか?

 

し:学年に50人くらいしかいない地区で塾をやっているので、大手はありません。塾に行きたい子は車で3〜40分かけて最寄の駅まで通います。そもそもが遠いので、通塾率もあまり高くないと思います。

 

 

 

智:なるほど。他に塾つながりで、地方で塾をやるメリット、デメリットって何か考えています?

 

し:商業的なところで言えば、メリットはないですよ(笑)

 

維持コストが低いとか他塾が参入しにくいとかくらいですかね。

 

ただ、駅前の大手塾だとそのノウハウを望んで生徒が通ってきているところがあると思うので、方針をイチから変えたりすることは難しいかもしれませんが、僕らだとすぐそれが出来るし、変えられる範囲も大きいんじゃないかと思います。

 

 

 

智:地方、地方言って申し訳ありませんが、地方で今後塾が生き残るとしたら、どんなことが必要だと考えますか?

 

し:今までは塾は人口に寄っていて、“多いが強い”になっていたと思います。これが大きく変わっていくと思います。

 

なぜなら地域で一番と日本で一番が同じ土俵に上がる可能性が出てきたから。

 

今までは地域で一番教え方がうまければ、食えていたものが、日本で15番目くらいなら日本で一番うまい人の授業聞いたほうがよくね?になっていくだろうし、そういうコンテンツが充実する時代になりました。

 

とはいうものの、地方がその受け皿に現状なっているかというとかなり疑問で。じゃあ、地域で一番を取っちゃおうと思っているわけです。

 

その策の一つがモニター授業ですね。

 

 

モニター授業は次の質問でガッツリ書きます!

 

 

 

智:そのスピード感こそ大手塾が難しいかもしれないですし、いくら映像のコンテンツが大きくなっても塾という場を必要とする子はいますから、そういったメンターの役割に指導者はどんどんなっていくのかもしれませんね。

 

*塾の2階からの景色

 

 

智:今後の展望は何かありますか?

 

し:今の塾を基盤にして、活動を広げていきたいと思っています。

 

今の地方の課題の一つに労働力の不足があると思うのですが、モニター授業などを使って、僕がいなくても塾がきちんと成り立つようにしていきたいと考えています。

 

この仕事をやっていると、基本的に毎年同じことの繰り返しなわけで、「分かりやすい授業」の正解が導ければ、仕事の効率化に繋がって、塾のブラック化を少しでも軽減できると思うのです。

 

しかしながら、他方で「動画で授業は出来ない」ということも考えています。

 

同じことの繰り返しといっても、目の前の生徒は毎年変わっていくし、その時々によって臨機応変に動くというのは、いくらICTが発達しても、機械には難しい分野です。

 

ですから、「分かりやすい授業の正解」を「先生がメンターのような形で、子どもたちに指導していく」形を目指して、現在授業作りに取り組んでいます。

 

 

 

 

 

このあたりの話が一番盛り上がりましたかね!

 

 

 

智:塾について考えていることをメーターにしたら100分のいくつくらいですか?

 

し:90/100くらいはいくかなぁ。

 

智:その90の内訳ってどんな感じですか?

 

し:授業に関して考えているのは10〜20/90で、残りはやはり経営面でしょうか。

 

智:経営面のメーターが多いことに驚きました。でも、僕も大体それくらいかなぁ。。

 

 

 

 

 

智:いよいよ最後の質問です。

 

これから塾を始めようと思っている人にアドバイスはありますか?

 

 

 

 

これ、どの立場で我々がものを言えばいいんだと二人で笑いました。

 

 

 

 

し:言えることは何もありません。僕は楽しく生きているので、これから始める人は塾に限らず、楽しいことを探せばよいのではないでしょうか?

 

 

 

智:以上です。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

先生とお会いして毎回驚かされるのが、その視野の広さです。

 

塾のこれから、教育のこれから、人としてのこれから。地方にいるにも関わらず、すごく広い景色を見ている気がするのです。

 

僕はまだまだ目先のことに手一杯ですが、先生に負けじと地方発信の塾ブランディングを行っていきたいと強く思いました。これからもライバル視させてもらいます!笑

 

(DIYはセンスの段階から負けているので、その土俵には乗らないようにしよう.....)

 

 

 

 

 

 

以上つたない文章でしたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!